「咲夜 もうすぐ年が変わるわね」
「…もう数分ですね」
 頬杖を付いて話し掛けてくる主人に対し、懐の懐中時計を取り出し答える咲夜。
 夜の住人の吸血鬼にとっては、日付が変わる時間帯はお茶の時間。
 のんびりと紅茶を飲んでいる。
 今日に限っては年越しと言う事もあり、咲夜も一緒にソファに座り紅茶を飲んでいる。
 年越し数分前の紅魔館 居間。
 周囲は静まり返り、落ち着けるはずなのに何となく落ち着かない不思議な時間。
「咲夜 ちょっとこっちに来なさい」
「はい」
 手にしていた紅茶のカップを置き、レミリアの横に立つ。
 来ると同時に、頬杖をといて言う。
「こっちに顔を寄せて」
「? 血を吸うのは構いませんけど、服は汚さないでくださいね」
「吸わないわよ。紅茶だけで足りてるわ」
 ちょっとむっとした顔で言う。
 それを見て苦笑いをし、素直に顔を寄せる。
「咲夜 今年もご苦労様。来年もよろしく頼むわよ」
 レミリアは咲夜の頬に唇を寄せる。

 コチッ

 咲夜の懐中時計が0時を示す。
「えっ?」
「従者を労うのも主人の勤め」
 口付けられた頬に手をやり惚ける咲夜と、しれっとした顔で返すレミリアだった。

「や~っと決定的瞬間が撮れました。年越しまで頑張った甲斐がありました」
 そんな二人を他所に、廊下では激写に成功した少女が一人喜んでいた。
 誰が言ったか『幻想郷のデマの元』(本人否定)、射命丸文である。
 本人はいたって真面目に書いているのだが、部分的・断片的情報から記事を書くため、事実と取り違える事しばしば。
 記事にされた人や妖怪には、迷惑極まりない相手である。

 そんな喜ぶ文に、冷たい声が掛かる。
「騒がしいと思って出てみたら、鼠の次は鴉? ここの警備は本当ザルね」
「えぇ! あっ パ・パチュリーさん 明けましておめでとう御座います。その節はどうも」
 いつの間にか背後に来ていたパチュリーに、ぺこりとお辞儀をする。
 突然の登場に動揺している。
 そんな文の様子に構わず、言葉を続ける。
「最近の天狗は随分無作法なのね。こっそり忍び込むなんて、どこかの黒鼠と一緒じゃない。あいつの場合変に堂々としてるけど…」
 いつもの気だるいような不機嫌なような表情。
「無作法だなんてそんな事無いですよ。ちゃんと寝ている門番さんに断って、入って来たんですから」
 よほど慌てたのか、事実をそのまま言ってしまっている。
「ま・まぁ用件も済みましたし、そろそろ帰ることにします。今年も文々。新聞をよろしくお願いします。それでは!」
 まくし立てるように言って、さっさと出て行ってしまった。

「まったく…咲夜も美鈴も、ちゃんと仕事して欲しいわ」
 文が出ていった方を見ながら一人ごち、パチュリーは図書館に帰っていった。

 正月そうそう投げ込まれた文々。新聞には、こんな記事が載っていた。

『やはり紅魔館のメイドは魅了されていた?』

 かねてより色々と疑問を持たれていた、紅魔館における人と妖怪の共存。
 同じ領域内での共存はこれまでに何例か見られているが、一つ同じ建物の中と言う事例はこの紅魔館以外では確認されていない。
 この度その紅魔館にて、答えに繋がる決定的な写真の撮影に成功しました。

 吸血鬼には魅了と言う、相手を意のままに操る能力があると聞きます。
 以前より、それによって紅魔館のメイド長 十六夜咲夜さん(人間)は、操られているのではないかと言う噂が絶えませんでしたが、今回の写真はその確証に繋がるものとなるだろう。
 しっかり者と評判のメイド長だが、時々惚ける事があり、それはいわゆる『命令待ち』の状態では無いかとの話もある。
 ただ、魅了の力は魔眼によって行われるものなので、この件に関しては更なる検証が必要と思われます。